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2005/04/26

セルフ給油 初体験

ガソリンのセルフ給油というものを初めて体験した。ずっと気になっていながら、やっと。

前にも1度試そうと思ったことがあって、その時はせっかくセルフ・スタンドまで行ったのに、肝心の給油口が固く閉めてあって私の力では回せず、給油は諦めてすごすごと帰ってしまった。それ以来、なんとなく尻込みしてしまって、道路沿いの「セルフ」と書かれた看板を横目で睨んでは、立ち寄ることはせず通り過ぎてきたのだった。

ところが、今日の朝刊に目を通していたら、60代の女性が自分で給油しているという記事が載っていた。

「不安は最初だけ。銀行のATMと一緒で、一度やれば大丈夫」

だって。それを読んだらやけにくやしくなってしまい、いてもたってもいられなくなった。こんなところで負けん気を発揮せずとも、もっと何か違うことにエネルギーを費やすべきなんだろうけれど。

でも、負けん気というのはかなり有効な発奮材になるのだ。セルフ給油を諦めて帰ったあの日、オットにその事を話したら
「おれもやり方知らないなあ」
と彼は言った。
もしそこで、嘘でもいいから
「そんな事もできなかったの?おれ、いつもやってるよ」
くらい言ってくれていたら、間違いなく私は翌日再挑戦していたはずだ。もしかしたら、翌日どころかその日のうちに、かもしれない。だって、くやしいもの、オットにできて私にできないなんて。


今日、給油口は前回と違いすんなり開いて、さほど手順に戸惑うことも無く、ちゃんと静電気除去のワンタッチも忘れずに、無事2000円分の給油に成功した。
セルフって、いいなあ。安いだけじゃないんだ。自分で決めた量を何の気兼ねも無く給油できるのだ。給料日前、財布の軽い時に、1000円だけ入れたくても恥ずかしい思いなんかしなくて済むのだ。


いいじゃん、これ。
もう今日から私はセルフ党だ。

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2005/04/24

小さな幸福

小粒な苺を安く売っていたので、ことことと煮てジャムを作った。

春は苺、冬は林檎。

年間を通して何度もジャム作りをするので、うちの子ども達はその工程をよく知っていて、ということはつまり、どのポイントでつまみ食いができるか心得ているということ。

苺のヘタをつまみ取っていると、私の両横にちょこんと座り、親鳥を待つヒナのように

あーん

と口を開ける。
その口へ1つずつ赤い実を落としてやると、また

あーん。

そして、鍋でことこと煮詰めていると、これまた絶妙なタイミングで寄ってきて、ぺろっと舌を出す。
その舌に、スプーンですくってふうふう冷ました、できかけのジャムを載せてやる。

こういう幸福を、オットは知らない。今日もいそいそとゴルフの練習に出かけて行ったから。彼の居ない時を選んでジャムを作っているわけではないのだけれど。私は心の中でぺろっと舌を出した。

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2005/04/22

ごめんなさい、許してください

一昨日、富山では大変な強風が吹き荒れた。
風の強い土地だということは越して来てすぐのころから気づいてはいたけれど、それにしても一昨日のは特別強い風だった。
市営住宅の屋根が風で飛んだというから、どれほどだったか想像していただけることと思う。そりゃあもう、台風直撃並みだったのだ。息子の学校でも、廊下の窓ガラスが風で割れたのだそうだ。誰も怪我は無かったから良いようなものの、怖い、怖い。

翌朝、穏やかに晴れた空を見上げながらベランダへ出て、私は違和感を覚えた。
あれ?なんか広くない?


分別用の大きなダストボックスが、1つ減っていた。

誰も怪我はしていないでしょうね。


近所を探したけど、見当たりません。
もし、被害に遭われた方がいらしたら、ごめんなさい。
この次は紐でくくりつけます。

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2005/04/21

在宅かパートか

在宅の仕事と言っても、データ入力とテープ起こしなんて、かけた時間に対して実入りはごくわずかという仕事がほとんど。その上、毎週あるいは毎月という具合に継続的に仕事をくれるクライアントと契約できなければ、作業を進めると同時に、次の仕事探しの営業活動もしていかなくてはならない。

このところ、その営業活動なるものをずっとやってきたのだけれど、以前から請けている仕事(これは、毎週同じ位の量の仕事が来るので安定している)のほかに、テープ起こしの仕事が1つ決まっただけ。それだって、まだ本当に有償の仕事として続けさせてもらえるかどうかはわからない。

そろそろ覚悟を決めて、パート探しに本腰を入れようと決め、履歴書を書いたり、次女を預けるための保育園を見学に行ったりし始めた矢先、新しいクライアントから仕事の依頼が。1日6時間程度の作業を見込まれているので、これを請けるとパートになんか出られない。断るか…。まさか!もちろん請けたに決まっている。

体の弱い長女のことを考えると、できればいつも家に居てやりたい。外へ仕事に出れば、難聴の長女が自分で電話をかけてよこすことは難しく、誰かの助けを借りなければ連絡も取れないだろう。まだ小学1年生。

もう少し、在宅でふんばってみることにする。

仲介業者が居るわけでなく、自分で直接クライアントとやり取りをしているので、誰のサポートもあてにはできない。言い訳は通用しない。でも、続けてみようと思う。結婚前は、自分で確定申告をする個人事業主だった。またその状態に戻るだけのこと。

やってみよう。

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2005/04/16

Web Magazine 音言

Web Magazine「音言」(オトコト)が創刊になった。

若い2人の呼びかけで実現した、「WEB上のフリーペーパー」だ。雑誌のように、ページをめくる感覚で読み進むことができる。私も、1ライターとして参加させていただいている。いろんな人間が、いろんな角度から関わると、こんな風にできあがるのかと、今、とっても満足。

WEBデザイン担当の田村さん、文章担当の松川さん、Good job !!

作業はさぞ大変だっただろう事は想像に難くない。感謝しています。大感謝です。

第2号も楽しみにしています。

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2005/04/15

夜更かしの朝

一昨日、テープ起こしの依頼を受けて(と言っても、まだテスト段階で、仕事として続けられるかどうかはこれから)、夜、子ども達が寝た後に作業を始めた。

初めて経験することで不慣れなのと、録音された内容が聞き取りづらいのとで悪戦苦闘!それでも、15分の録音のうち10分くらいを起こし終えたところで、はっと気づいた。

起こす箇所を間違えていた~~~!!(泣)

録音の30分から45分までの15分を起こすようにという指示だったのに、私ときたら、その前の15分から30分のところをせっせと起こしていたのだ。自分のミスとはいえ、返して!私の時間と労力…。

でも、嘆いてばかりもいられない。気を取り直して、正しい箇所の作業にとりかかる。作業自体はなかなか面白くて、自分が文章を書く際の言葉の表記などの勉強にもなった。そのため、興が乗ってしまい、納期まではもう一晩余裕があったのに、気がつくと午前3時になっていた。慣れるに従い、作業スピードは上がり、なんとなくコツも呑み込めてきて、途中でやめる気になれなかったのだ。

それでも、翌朝のこともあるので、残り5分ぶんを残して、ばたっと床に就いた。それでも、頭が冴えていてすぐには寝られず、眠りについたのはしばらく経ってからだったと思う。

翌朝は意外にすっきり起きられて、会社と学校へ行く人達をいつもどおりに送り出し、次女の相手をしながら家の用事も済ませた。さて、一息つけるという時、飲みたくなったのは大好きなコーヒーではなく、オレンジジュース。夜更かしした翌朝はいつもそう。コーヒーは前夜の延長線上にあるようで、飲む気になれない。頭だけでなく、体全体をしゃきっとさせ、健康的な朝をスタートさせるためにも、果汁100%のフレッシュジュースが飲みたくなるのだ。

そうは言っても、我が家の冷蔵庫にいつでも新鮮なオレンジが常備してあるはずなどなく、1Lの紙パックに入ったジュースで我慢する。

そして、テープ起こしの残りの5分に取りかかるころには、また私の前にはマグにたっぷり注いだコーヒーがセットされるのだ。

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2005/04/08

桜の下を職安へ

05 昨日書いたいたち川に面して、職安がある。次女と散歩中に発見し、そのまま中へ入って様子を見てきた。週2回発行される求人情報を一部もらって、今日のところはそれだけで退散した。

散歩の途中、どこかの保育園の保育士さんが、未満児クラスと思しき幼い子ども達を散歩カーに積んで歩いて来るのと行き会った。
「ああ、お友達がいるねえ」
向こうも私も、同じ事を口にした。

「どちらの保育園ですか?」

聞いてみると、なんと丁度見学に行ってみようと考えていた、その保育園の名前が返ってきた。職安へ向かう途中の出会い。何者かに背中を押されているような気がする。

しかも、帰り道では花壇の手入れ中のおじさんが水仙の花を1本、分けてくれた。幸先いいぞ。

1年生になったばかりの長女のことを考えると、できれば家でできる仕事がしたいと思う気持ちに変わりはないが、そんなことばかり言っていても仕方ない。まずは外へ出てみるか。

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2005/04/07

桜の予感

我が家の北側の窓からは、市内を流れるいたち川を見下ろすことができる。

富山市というと松川べりの桜が有名だそうだけれど、このいたち川も、ひっそりとしたたたずまいの川沿いにずっと桜が植わっていて、開花したらさぞ見ものだろうと期待している。

昨日、今日の暖かさで心なしか蕾が膨らみ、枝全体が薄桃色に煙って見える。開花まであとわずかというところだろう。

桜が咲いたら、川沿いに散歩をしてみたいと思っている。カメラ片手にぶらぶらと。富山へ来てようやく、そんなことを考えられる余裕が生まれた。

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2005/04/04

土地と人相の関係

富山へ来て1つ強烈に感じたことがある。

特に女性を見て思うのだけど、内陸の松本地方と比べ、おしなべて顔立ちがエキゾチックなのだ。
特に目元にその特色がよく表れている。
松本に住んでいた頃は特に感じなかったが、目がどちらかと言うと小さめで、穏やかな印象を与える顔立ちの女性が多かったと思う。もちろん例外はどこにでもあるので、全ての人が、というわけではないけれど。
それに引きかえ、ここ富山の女性達は目がクリッとしていて、目尻の切れ込みの印象が強い。いかにも、港町でいろんな血が入ったのだろうと思わせる顔立ちだ。

松本の女性達は、男性を立てるのがうまく、何事も男性中心の、古いかもしれないが堅実なコミュニティが出来上がっていた。でも彼女達は決して弱々しくはなく、意志の強さ、芯の強さはいろんな局面で窺い知れた。
一方、富山の女性達から感じるのは気の強さだ。農耕中心の内陸と、交易が盛んな港町の、それぞれの風土が育て上げた気質と言って良いかもしれない。

とは言え、まだまだこの地「富山」の気風を、私はよく知らない。独身時代、つまり10年も昔、仕事でしょっちゅう訪れ、人との付き合いもそれなりにあった土地ではあるけれど、いざ自分が住んでみてどうなのか。これからじっくり、確かめたいと思う。

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2005/04/02

ドラえもんが見られない!

ウソでしょー?!
富山って、朝日放送系列が受信できないのだ。
でも、新聞のTV欄にはちゃんと北陸朝日放送って欄があるよ?

あれこれ調べたら、ケーブルテレビでしか見られないんだとか。
今日から4月だから、「ドラえもん」の新しい声でも聞いてみようかと思ったんだけど。
引越し以来バタバタしていて、「報道ステーション」が映るチャンネルが無かったってことにも気がつかずにいた。大体、何チャンネルがどの局かを、まだ確認していなかった。不覚~。

でも、ここのマンションにはもともとケーブルは引いてあるので、あとは契約さえすれば見られるのであるらしい(推測)。とりあえず資料請求をしてみる。
ケーブルを契約することになると、スカパーは諦めることになるだろう。だって、ケーブルとスカパー合わせて、たかがTVに毎月1万円近くも払うことになるのはバカバカしい。「報道ステーション」も「ドラえもん」も別に見れなきゃ見れないで構わないんだけどなあ、私は。

(でも実を言うと、ケーブルを契約するとBS-iが見られるのが嬉しかったりして。アルビレックス新潟の試合をBS-iで放送することが結構あるのだ)

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2005/04/01

富山の夜とオフコース

富山へ来て5回目の夜だ。

やっと荷物の整理も終わり、あとは折りたたんで山になっているダンボールを引き取ってもらい、ビニール袋に詰めたゴミを処分するだけ。なんとか人間らしい暮らしが戻って来た。

昨夜、やけにディテールまで鮮明に記憶に残る夢を見た。
オフコースが再結成ライブをするという夢。
それも、小田和正、松尾一彦、清水仁、大間ジローの4人だけでなく、先に脱退したヤスさんこと鈴木康博も含めた5人のオフコース
現実だったら大変なことだ。

最初の場面では、松尾さんと清水さんがヤスさんのことを話していて、ジローさんが会議室の長テーブルにもたれながら
「今、小田さんが電話してるよ」
などと言っている。小田さんが、ヤスさんにお誘いの電話をかけているというのだ。

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