過去からの手紙
懐かしい名前を度々見かけるようになった。
サッカーの記事を追っていくと、どこかで必ず彼の名前に行き当たる。スポーツライターとしての活躍ぶりがうかがえて、嬉しい。
昔、それまでの勤めをやめてアルバイト暮らしをしていた時期のこと。
知り合いの広告マンに頼まれて、競輪の「ふるさとダービー」という大きな大会でコンパニオンガールをやったことがある。(後にも先にも競輪場へ足を踏み入れたのはその時限りだ。コンパニオンガールの体験もまた然り。)
入場者にくじを引いてもらったり、選手達に手を振ったり、ただニコニコしてそこに居れば良いだけの楽なバイトだった。
そこへスポーツ新聞の取材で来ていたのが彼で、どういういきさつだったか声をかけられたのだった。きっと慣れないコンパニオンガールなどという仕事になんとも所在なく突っ立っていた私が、よほど他のお嬢さん達から浮いて見えたのだろう。
そんなところへ、彼の知り合いのラジオの女性リポーターが生番組の中継にやって来て、これから放送中に歌を歌ってくれないかと持ちかけられる羽目になった。たまたま彼と話していた私に白羽の矢が立っただけで、別に誰でも良かったのだけれど。
結局、断りきれずに歌わされ(名前は言わなかったのに、歌声ではなくその後の笑い声で私だとバレて、たまたまラジオを聴いていた友人達に後に呆れられた)、そんな縁で、記者の彼と、リポーターの彼女、そしてその日のダービーの優勝選手らも一緒の飲み会に誘われたのだった。
それからしばらく、彼との付き合いが続いた。
恋人というのじゃなかった。恋愛ごっこみたいなかわいいものだ。
前の恋の寂しさの埋め合わせみたいなところもあった。彼はとても誠実だったから。
「ラグビーが好きでこの業界に入ったんだ」と言っていたと思う。それとも、いつもラガーシャツを着ていたから、そんなイメージがついたのだったか。あまりに昔のことで、もうはっきりとは思い出せない。
汗かきで、単純で、直球勝負で気持ちがストレートに顔に出る、そんな青年だった。
スポーツ記者としては駆け出しで、でも周囲の誰からもかわいがられている、そんな人だった。
もっと早く、あるいはもっとずっと遅く出会っていたら、2人にもっと違った結末があっただろうか。
彼と連絡を取らなくなって久しい頃、偶然ばったり会ったのは高速道路の上だった。
既に私は結婚して2児の母となっていて、子ども達を乗せて高速を走っていた。前を行く車を追い越そうと、右側車線に入り並んだ時、その車の運転者と目が合った。
彼だった。
すぐ先のパーキングエリアに車を入れると彼も後からついてきて、お互い車を降りて挨拶を交わした。どこか青臭い笑顔はちっとも変わっていなくて、缶コーヒーを飲みながら、懐かしいというより2,3日ぶりみたいな気軽な会話をして別れた。
恋人が居るのか、結婚はしたのか、そんなことは聞かなかった。もう私には関係の無いことだったから。
それきり、彼の名が記憶の中で浮上してくることは無かったのに、今頃また頻繁に目にすることになろうとは。今はサッカーを中心に活動しているらしい彼の文章からは、ピッチを見下ろすまっすぐな視線と、選手達への熱い思いが伝わってくる。執筆中の彼の真剣な横顔が目に浮かぶようだ。
時を越えて過去から届いた手紙を読むような、多少の後ろめたさを感じながら彼のコラムをまた、読んでいる。
頑張れよ。
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